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ブログ - 太宰府 梅園菓子処 - 太宰府天満宮御用達の和菓子

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維新胎動地のひとつでもあった太宰府

カテゴリ: 太宰府を逍遥すなるもいとをかし 作成日:2020年12月12日(土)

 太宰府と言えば太宰府天満宮ということで全国的に大変有名な観光地ですが、実は、明治維新の胎動著しい場所であったことはあまり知られていません。八月十八日の政変により尊王攘夷派の公家方が京都を追放になった事件がありました。

 

 三条実美(さんじょう さねとみ)、四条隆謌(しじょう たかうた)、三条西季知(さんじょうにし すえとも)、壬生基修(みぶ もとおさ)、東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)、錦小路頼徳(にしきこうじ よりのり)、澤宣嘉(さわ のぶよし)の七卿で、世に七卿落ちといわれているものです。そのうち錦小路頼徳が亡くなり、澤宣嘉は生野で平野国臣とともに兵を挙げましたので、五卿と呼ばれるようになります。

 

 この五卿は尊王攘夷派のシンボルでもありましたので、長州藩にそのまま留めおくのは危険と幕府が判断し、他藩に身柄をお移しすることとなりました。当初は五卿をばらばらに五藩に分けて管理しようとしたのですが、福岡藩中老で勤皇派の領袖であった加藤司書の働きにより、福岡藩で五卿全員をお預かりすることとなり、慶応元年の正月に太宰府の延寿王院に五卿がお入りになられたわけです。

 

 それから、筑前、筑後、薩摩、肥前、肥後の五藩の藩兵が五卿を衛ることとなったのですが、尊王攘夷派のシンボルである五卿が太宰府にいらっしゃるとなれば、多くの尊攘派の志士が当然ながら面会にやってきます。薩摩の西郷吉之助、土佐の坂本龍馬中岡慎太郎、長州の高杉晋作などが太宰府にやってきて五卿と面会したり、志士仲間で話し合い等をしていたようです。もちろん、福岡藩の中老であった加藤司書も何度も延寿王院に足を運び五卿を見舞っています。

 

 現在、梅園菓子処が入っている木造建築物は当時和泉屋白水楼(いずみやはくすいろう)と呼ばれる旅籠でした。この周辺(大町)には太宰府天満宮に参拝する旅客のための旅籠が集まっていたわけですが、和泉屋白水楼もそのひとつでした。そして、集まってくる志士たちも藩ごとに異なる旅籠を利用していたようで、和泉屋白水楼はおもに土佐藩、大野屋は長州藩、松屋は薩摩藩というように分かれていたようです。

 

 土佐脱藩の土方楠左衛門(土方久元はメモ魔だったようで、詳細な日記を書き残していますが、土方の日記にはこの和泉屋白水楼が頻繁に登場します。下記は土方の手記をスクリーンショットしたものです。原本は国立国会図書館デジタルコレクションの回天実記第2集22コマに収録されています。赤枠で囲んだ部分の1行目の井上は井上聞多、伊藤は伊藤俊輔のことを指します。赤枠5行目に大町泉屋とありますが、これが梅園菓子処が入っている建物となります。赤枠の内容としては、井上と伊藤が長崎に行きたいが長州藩士の名義では途中の通行が難しいので薩摩藩士の名義を貸してくれないかと相談に来たというものです。相談の後で泉屋で酒を飲んだという内容となります。

 

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 薩長の歴史は何度も大河ドラマになっていますので詳細を省くとしまして、ここでは福岡藩の勤皇の動きを軽くご紹介しておきます。福岡藩の勤皇派の特色としては加藤司書や黒田播磨のような藩の重役が積極的に勤皇運動を行っていたことにあります。勤皇の志の厚い建部武彦(たけべ たけひこ)や衣非茂記(えび しげき)らを重臣として登用して藩論を動かしていきました。福岡藩第11代藩主の黒田長溥(くろだ ながひろ)公も蘭癖大名と呼ばれるほどオランダから学問や技術を導入していたのですが、尊王攘夷の過激な動きには同調しかねる想いがあったともいわれています。

 

 筑前勤皇党の活動が進み藩論が尊王攘夷へと急速に進むにつれて、黒田長溥公と加藤司書らは次第に折り合いが悪くなってきました。実際、勤皇派の中級下級藩士の中には過激な言動を行う者も出始め、加藤司書らは「過激な行動は慎むように」と何度か注意をしていたようです。しかし、とうとう犬鳴御別館事件をきっかけとして、藩主黒田長溥公は福岡藩内の尊王攘夷派の弾圧に踏み切ります。このまま過激な尊王攘夷に突き進めば、藩が潰されてしまう恐れがあると感じたのかも知れません。慶応元年(1865)乙丑の年の出来事なので、これを乙丑の獄(いっちゅうのごく)と呼びます。

 

 加藤司書と大組の斉藤五六郎が天福寺で切腹。建部武彦と衣非茂記が安国寺で切腹。尾崎惣左衛門、万代十兵衛、森安平の三名は正香寺で切腹。その2日前の23日には、桝木屋の牢獄で月形洗蔵、梅津幸一、鷹取養巴、森勤作、江上栄之進、伊藤清兵衛、安田喜八郎、今中祐十郎、今中作兵衛、中村哲蔵、瀬口三兵衛、佐座謙三郎、大神壱岐、伊丹信一郎、筑紫衛等、あわせて15人が斬首されました。この乙丑の獄で、福岡藩は、維新後に明治新政府へ送り込む人材を一気に失ってしまうこととなりました。

 

 さて、和泉屋白水楼でいつも酒宴を張っていた土佐脱藩の土方楠左衛門の耳にも加藤司書らに切腹の沙汰が下されたことが知らされます。三条実美は加藤司書とも親しくその才を惜しまれて、土方をして早馬を走らせ司書の助命に向かわせます。太宰府から天福寺(博多区冷泉)まで土方が馬を駆って夜道を走っていきます。やっとのことで天福寺門前に着到し、「三条実美様から加藤司書殿の助命の願いでござる。その切腹待たれよ」と門内に声を掛けましたが、門内からは「すでにご立派にお腹を召されました」との返答。加藤司書公は見事にご生害を遂げられたのでした。

 

 毎年10月25日にはこの加藤司書公を偲ぶ法要が博多区の節信院にて行われています。乙丑の獄の関係者のご子孫、福岡藩士のご子孫などが一同に参集しまして、亡き加藤司書公や乙丑の獄で散華された藩士たちの御霊に手を合わせています。

 

 このように太宰府は維新回天の原動力のひとつともなった場所で、当時の建物がそのまま残っておりますので、幕末好きな方にもぜひお勧めしたいところです。弊店では当時の床板や手すりなどをそのままご覧いただけるよう改装しています。また、薩摩藩の定宿であった松屋さんでは維新の庵として喫茶をやっていらっしゃいます(ただ、コロナ禍のため現在はお休みしているようです)。ここには西郷隆盛直筆の書状などが伝わっています。もちろん、当時の建物のまま残っています。松屋さんの向かいには日田屋があり、こちらも外側は当時のまま残っています。ぜひ、幕末の名所めぐりのひとつとして足をお運びください。

 

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平成27年節信院にて行われた法要で撮影 ※終わった後は直会です

 

判じてみる

カテゴリ: 仕事まわりのこと 作成日:2020年12月08日(火)

 昨日まで福岡三越菓遊庵様にて年内最後の催事でした。期間中にお越しいただいたお客様、まことにありがとうございました。催事は事前準備や毎日の発送など、かなりのエネルギーを消費致します。月並みな表現ですが、だからこそお客様のお声掛けや笑顔が本当に励みとなります。

 

 常に催事場に立つ社長はお客様のお顔とお名前を覚えております。そして、今日はこんなことがあったとスタッフにLINEでシェアをしています。昼にあった出来事を、昼過ぎには後方支援のスタッフや休みのスタッフも知っているというデジタル上等な会社でございます。

 

 さて、それはそうと面白い話を漏れ聞きました。うちで出している干菓子の中に家の形をしたかわいらしいものがあるのです。私なんかが見ますと「昔風の家」としか感じないわけですが、あるお客様のお子さんがこう呟いたそうです。「これ、炭治郎の家」と。言われてみれば確かに竈門炭治郎や竈門禰豆子が住んでいた家にそっくりです。やはり、子供たちの視点はとてもユニークです。見たまま、あるがままに表現するその姿勢に感銘を受けました。

 

 そういえば、今年の3月頃のことでしたか。緊急事態宣言が出される直前のことです。本来なら2月に売ってしまうべき節分の鬼の干菓子が大量に余ってしまったことがありました。季節ものですから2月に売れなければもう売ることができません。さて、どうするかと思い悩みながらHuluで鬼滅の刃を通しで視聴していました。そこで閃いてしまったのです。鬼が使えるじゃんと。

 

 そこで、在庫として持っていた鬼、蝶、水の渦巻き、藤の花、瓢箪を集めてセットで販売することにしました。とはいえ、鬼滅の刃セットなんて名前は付けられません。お茶菓子として使われるものだからこそ、判じてみるのも楽しいだろうということで竈門神社の春にかけて『竈門の春』として販売したのです。おかげ様で大量の鬼はきれいにはけてしまいました。

 

 普通にこのセットを見ていても分からないかと思いますが、察しのよいお客様は「あ、これはひょっとして!」とお気づきでした。こういう判じ物を通してなされるお客様とのやりとりも楽しいものですね。また機会があればこうしたものを作ってみたいと思っています。

 

天神でお会いしましょう

カテゴリ: お店からのお知らせ 作成日:2020年12月01日(火)

 今朝起きたらぐっとした冷え込み。月曜日くらいから一気に冷え込んできたように思います。とはいえ、北海道からご来店のお客様は「まあ寒いですね」とおっしゃいますし、仙台からご来店のお客様も「全然まだいけます」と薄着でのご来店でした。やはりそういうものなのでしょうね。

 

 さて、本日12月1日(火曜日)から来週12月7日(月曜日)まで、福岡市は天神にある福岡三越地下2階菓遊庵様にて年内最後の催事出店となっています。思い返しますと、今年2月の銀座三越様の催事はまだコロナの影響も軽微で銀座も多くの人で賑わっていました。4月に松屋銀座様で初催事を企画していたのですが、ちょうどその日から緊急事態宣言で松屋銀座様も完全閉店。催事が一本完全に吹っ飛んだことを覚えています。

 

 さらに太宰府本店の方も4月から臨時休業。太宰府天満宮参道を歩く人も皆無という状態で「これは大変なことだ」と実感いたしました。緊急事態宣言が解除され、少しずつ人が戻って来てくださいましたがそれでも前と同じようにはいきません。その中でも、6月の銀座三越様、8月の仙台三越様、10月に日本橋三越様とお邪魔をさせていただき、全国各地のお得意様やお客様と親しくお話をさせていただきました。本当にありがとうございました。また、大変な中で催事のサポートをしてくださった三越各店のスタッフのみなさま、銀座松屋のスタッフのみなさまにも心よりの御礼を申し上げます。まことにありがとうございました。

 

 今年の締めくくり、福岡三越菓遊庵様での催事となります。定番の商品はもちろん、ラムレーズン宝満山や柚子薯蕷饅頭 などもご用意しております。本店では今季終了した生姜宝満山も特別にお持ち致します。大きな土鈴入の縁起箱も数量限定でお持ちしますので、ぜひご来店くださいませ。

令和2年(2020年)取り寄せ和菓子売上ランキング

カテゴリ: 菓子のことのは 作成日:2020年11月28日(土)

 梅園菓子処のオンラインショッピング(ECサイト)ではいろいろなお取り寄せができますが、初めてのご利用のお客様は「何を買ったら良いか」と迷う方もいらっしゃるかと思います。そこで、過去の受注データから梅園菓子処ECサイト売れ筋ランキングをご用意してみました。ご参考になれば幸いです。

 

 売れ筋ランキング1位

 うその餅

やはり過去のご注文の中でも断トツ1位がうその餅でした。これはある程度は予想はしていましたが、実際にデータを洗ってみるとここまで圧倒的だったかと私たちがびっくりするほど。求肥餅を青しそ風味のそぼろでまぶした菓子で、中には太宰府天満宮のご神鳥である「うそ」の人形が必ず1体入っています。通常は博多人形の土うそ、正月のみ木彫りの木うそが入ります。

 

また、毎月25日は天神様の日でもありますので、この日には紅梅色(俗にピンク)のうその餅を販売しています。備考欄に『天神様の日うその餅』を書き添えていただければ、25日の製造分を発送することもできます。入数は15個となっていますので、おひとりでは食べきれないという方もいらっしゃるかもしれませんが、お客様からは「うちは冷凍して食べてます」とのお声もいただいています。求肥餅は解凍してすぐに柔らかくなるのでこの方法で召し上がれば解決です。

 

うその餅

 

 うその餅をお買い上げの方はこちら

 

 売れ筋ランキング2位

 宝満山

2位にランクインしたのは宝満山1棹、宝満山半箱でした。こちらもある程度予想していた結果です。宝満山は卵を使った菓子でその重層的で深みのある甘さが特徴です。単なる甘味ではなくて、甘さが重なり合っているような味覚。

 

こちらは冷凍しても固く凍りませんから、まずは冷凍庫に保管しておいて食べたい時に食べたいサイズにカットしていただければOKです。より詳しくはこちらの宝満山について書かれたブログ記事を下記リンクからぜひお読みください。サイズにお悩みでしたらまずは半箱をご購入いただき、お気に召していただければ1棹を購入いただければ良きかと。

 

宝満山

 

 宝満山なる菓子のこと(ブログ記事)

 宝満山1棹をお買い上げの方はこちら

 宝満山半箱をお買い上げの方はこちら

 

 売れ筋ランキング3位

 宝満山半箱+大徳寺納豆入宝満山半箱

詰合せのこちらの商品がランクイン。宝満山も食べたいし、大徳寺納豆入宝満山も食べたいというニーズに合った詰合せです。かつ、半箱(1棹の半分)サイズなので違った味がそれぞれ気軽に楽しめるということで人気なのでしょう。

 

大徳寺納豆というのは、いわゆるみなさまが想像する納豆ではなくて、寺納豆といわれるもの。梅園菓子処で使っている大徳寺納豆は、あの一休禅師から秘伝を伝えられ、それを代々と受け継いできた名店で謹製されたものを使用しています。一休禅師秘伝の味を宝満山と掛け合わせたものがこの大徳寺納豆入宝満山です。そんな室町時代に想いを馳せつつ召し上がっていただけましたら幸いです。こちらは大徳寺納豆入宝満山の写真です。

 

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 宝満山半箱セット(大徳寺納豆入宝満山半棹1箱+宝満山半棹1箱)をお買い上げの方はこちら

 

 売れ筋ランキング4位

 よろつよシリーズ

よろつよには10枚入平箱、10枚入り縦箱、20枚入り縦箱の3種類があります。そして、この3種類が同数でしたのでまとめて4位にランクイン。こちらは宝満山を特殊な方法で乾燥させた菓子で、外はさっくりと中は比較的にふんわりとした食感が特徴の菓子です。梅園菓子処の菓子の中では比較的に新しい菓子ですが、どなたが召し上がってもおいしいと感じていただける菓子を意識してお作りしているので、ランクインしたのかも知れません。迷ったら買っておいて間違いない菓子として店頭でもおすすめをしています。

 

平箱はお持たせ等のちょっとした贈答にちょうど良いサイズ、縦箱はコンパクトな大きななのでご自分用にお買い上げになる方がよくお選びになるようです。このよろつよの秘話などもブログにアップしていますので、ぜひリンク先もご覧ください。

 

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 とある名もなき菓子によろつよなる名がつきたる話(ブログ記事)

 よろつよシリーズをお買い上げの方はこちら

 

 売れ筋ランキング5位

 ラムレーズン宝満山

新しい商品からランクインしたのでこちらのラムレーズン宝満山。こちらのラムレーズンはレーズンをラム酒に漬けこむところから職人が手作業で行っています。市販のものを使ってみても良いのではないかと提案はしているのですが、「ラムレーズン宝満山の命はラムレーズンですばい」と首を縦に振りません。その分、確かに美味しいものが出来上がってきます。そのせいか、このラムレーズン宝満山、店頭でもよく売れています。あまり売れるとコストがっとこちらが心配になるほど。こちらも開発秘話をブログで書いていますのでぜひお読みください。名付けて葛藤のラムレーズン宝満山です。ラムレーズンがお好きな方は間違いなく大好きな商品ですのでぜひお試しください。

 

ラムレーズン宝満山

 

 葛藤のラムレーズン宝満山の行方(ブログ記事)

 ラムレーズン宝満山をお買い上げの方はこちら

 

上記ランクインの商品が圧倒的でしたのであまり目立たない感じとなりましたが、この他にも…

 

 詰合せ(宝満山1棹、東風梅6個、梅守4個)

 詰合せ(うその餅1個、東風梅3個、ミニ梅守3個)

 詰合せ(梅守4個、宝満山1個、うその餅1個、東風梅4個、まつば2本入3袋)

 

このような詰合せもよく出ていました。これらの詰合せはご贈答などではご使用されたようで、内のしや外のしなどをかけてのご注文が多いようです。梅園菓子処では大小問わず冠婚葬祭の御用にもよくお遣いいただいておりますので、安心してご用命ください。数が多い場合にはお電話でのご注文も受け付けております。お気軽にお電話ください。

 

 以上、令和2年ECサイト売上ランキングでした。梅園菓子処のECサイトからのご注文、スタッフ一同、心よりお待ちしております。

 

 

宝満山なる菓子のこと

カテゴリ: 菓子のことのは 作成日:2020年11月21日(土)

 宝満山という名の菓子が誕生した話は断片的な形で伝えられています。創業者である藤丸正が苦心の末に菓子を作り上げた時、妻の藤丸タマノがたまたま竈門神社への参拝を終えて帰宅したことから、この菓子を宝満山(宝満山やその昔竈門山とも呼ばれていました)と名付けたというエピソードがひとつ。

 

 あるいは、宝満山の淡々漠々たる山容になぞられえて宝満山という菓銘をつけたというエピソードがひとつ。いくつかの断片的なエピソードが伝えられていますが、梅園菓子処を代表する創業以来の銘菓であることは間違いありません。

 

 さて、近代三茶人といえば、益田鈍翁、原三渓、松永耳庵のお三方。中でも、宝満山とゆかりの深い方が松永耳庵翁です。ある時、創業者の藤丸正が西鉄太宰府線の二日市駅のホームで、ある初老の男性と親しく話をする機会があったそうです。その男性こそが、電力の鬼といわれた松永安左エ門(松永耳庵翁)氏でした。どうやら当時は二日市に九電関係の寮があったのでそこへ所用があって二日市に立ち寄られていたのではないかと聞いています。

 

 早速に宝満山を差し上げたところ、松永耳庵翁から「宝満の山より高き上味、誠に申し分なし」とのお褒めの言葉を手紙にて頂戴しました。以来、耳庵翁の「筑紫の茶事も是により一層」のお言葉通りに、大小茶会に梅園菓子処の菓子を遣っていただくようになりました。その時に頂戴した直筆の手紙は太宰府参道にある店舗内に大切に展示させていただいていますのでご来店の際にはどなたでもご覧になれます。

 

 このご縁によりまして、小田原の耳庵翁ゆかりの方々とご縁を頂戴するようになりました。数年前には念願であった耳庵追善茶会にお邪魔させていただきました。耳庵翁が晩年をお過ごしになった老欅荘(ろうきょそう)での茶会は、どことなく生前の翁の人柄を偲ばせるような感じで実に楽しい茶会でした。また、例年のこの茶会にお供えいただいている菓子も宝満山ということで、宝満山が繋いでくれるご縁の深さと広さをいつも感じています。

 

 宝満山は卵と砂糖を用いた菓子で他に同じものがないのでなんとも形容の難しい菓子です。創業以来、淡雪でもなく外郎でもなくと説明してきましたが、お客様からは和製プリンのようだという声も頂戴しています。ある時、この宝満山を知人の家で食べた時のこと。レロー ピノー・デ・シャラント15年がたっぷりとかけられた宝満山を出されたので食べてみたのですが、これが悶絶するほどのうまさでした。リンクを貼っておきますので、ぜひお試しください。

 

 今ではこの宝満山から3つのラインナップが誕生しています。京都紫野の大徳寺門前で謹製された大徳寺納豆入りの大徳寺納豆入宝満山、ラムレーズンカットに全集中する職人が作り出すラムレーズン宝満山、隠れたファンがごっそり買っていく生姜宝満山。それぞれに特徴があり、個性が際立つのも、創業以来のプレーンな宝満山がしっかりと下支えしているからこそ。

 

 初めて召し上がると「あまっ!」と感じられるかも知れません。しかし、どうぞ舌の上でその甘さを探ってみてください。単純な甘さではないことに気づかれることでしょう。重層的な甘さというか構造的な甘さというか、何か複数の要素が絶妙に混ざり合った上に成り立つ甘さ。これがプレーンな宝満山の底力です。多くの文化人や茶人を唸らせてきた宝満山をぜひ召し上がっていただければ幸いです。もちろん、濃茶の主菓子としてお遣いいただければ茶事や茶会もぐっと引き締まることでしょう。

 

宝満山

 濃茶にも負けない風格があります

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やわらかいだけでなくしっかりとした弾力もあります 

 

 

 小田原三茶人の茶室

 

 レロー ピノー・デ・シャラント 15年

  

LINE公式アカウントにリッチメニューをつけてみた

カテゴリ: 仕事まわりのこと 作成日:2020年11月17日(火)

 LINE公式アカウントを作ってはみたものの何から始めればよいかよく分からないというのがLINE公式アカウントの悩みでした。Instagramであればよさげな写真を撮って定期的にアップしていき、コメントには丁寧にレスを付けていけばいいわけですし、Googleマイビジネスなら情報を正確に記載して口コミに丁寧にレスを付けていけば良いというのは分かります。とてもシンプルで分かりやすい使い方です。

 

 しかし、LINE公式アカウントは運用が難しいと感じていたわけです。大手のローソン公式アカウントなら新商品のおすすめや鬼滅キャンペーンなどのリンクを貼って集客もできます。また、ツルハドラッグさんのようにリッチメッセージでお得なクーポンを毎日にように送っていくことも出来ます。しかし、弊社のような会社で大手さんと同じような割引クーポンの連発はちょっと難しい。といって、Instagramのような使い方ともちょっと違うと感じていたので、さてどうやってこのツールを使おうかと攻めあぐねていたわけです。

 

 いろいろと考えた末の結論として、LINE公式アカウントから直接商品を購入していただく導線を張るのではなく、アカウントをポータル化してみると良いのではないかと思いました。LINEは圧倒的なアクティブユーザー数が大きな特徴です。「LINEの月間アクティブユーザー数(MAU)は、2020年3月末現在で8,400万人を超える」とされています。ざっくりと日本国内人口の約67%がアクティブユーザと考えると驚異的です。しかし、これだとマーケットが大きすぎて弊社のような小さな和菓子屋では商売がやりにくいわけです。

 

 そこで、和菓子などに興味関心のあるユーザから梅園菓子処LINE公式アカウントに『友達登録』していただき、その登録していただいた『友達』に対して、ブログ、Instagram、ECサイト、Googleマイビジネスへの口コミ導線をリンクすることで、LINE公式アカウントをポータル化してみたのです。まだどういう結果が出るかは検証中ですが、どうやら小規模なショップや企業がLINE公式アカウントを使う際の攻め方としてはこの辺りではないかと仮説を立てています。

 

 とはいえ、この方法が正解かどうかは全くの不明。いずれ最適な方法が見えてくるでしょうが、それまでの間もやはり試行錯誤を繰り返しながら運用していく必要があるでしょう。ひとつのヒントとしてご紹介をしておきたいと思います。

観世音寺なる寺を逍遥すなり

カテゴリ: 太宰府を逍遥すなるもいとをかし 作成日:2020年11月14日(土)

 太宰府天満宮から西に少々離れたところに都府楼と呼ばれる遺跡があります。またの名を都督府跡ともいいます。その東側には観世音寺という由緒ある古刹がひっそりと佇んでいます。Wikipediaではその創建を天平18年(746年)としていますが、出土した創建瓦が老司1式と呼ばれるものだそうで、そこから推測するとDC7世紀末の創建という説もあるようです。

 

 天智天皇が母の斉明天皇の冥福を祈るために建立したという説が一般的です。この斉明天皇の公的な陵は奈良県の越智崗上陵(おちのおかのえのみささぎ)というところだそうですが、実は愛媛県今治市の朝倉という場所に斉明天皇の供養塔があるのです。斉明天皇は筑紫の朝倉で崩御なさったので筑紫に供養塔があるならば理解できますが、今治市の朝倉にひっそりと佇んでいるところが実に不思議です。

 

 しかし、古代史ファンの筆者としては、このように詳らかではない状態に心躍るものがあります。本当に分からないこともあるでしょうが、意図的に古代の人たちが隠している部分もあろうかと思います。英語で発見することをdiscoverといいますが、まさに覆い隠されていたものが剥がれるという意味で発見なのでしょう。古代の人たちが知恵を絞って敢えてあやふやにしているものを物証や仮説で推理して解き明かしていく楽しさ。これが古代史の面白さといえるかも知れませんね。ある意味、現代人と古代人の知恵比べといった感じです。もちろん、プロフェッショナルな方々のお仕事の邪魔をするつもりはありませんので個人的に楽しんでいる感じですが。

 

 さて、平安時代後期の白河院政期に成立した物語『大鏡』の中にこのような一文があります。

筑紫におはします所の御門固めておはします。大弐の居所は遥かなれども、楼の上の瓦などの、心にもあらず御覧じやられけるに、又いと近く観音寺といふ寺のありければ、鐘の声を聞こし召して作らしめ給へる詩ぞかし、

 

 都府楼纔看瓦色

 観音寺只聴鐘聲

 

(大意)菅原道真公は左遷先の筑紫でお住まいになられているお屋敷の御門を固く閉ざしていらっしゃいます。大弐(太宰府政庁の次官級の階級)の居所とはかなり離れていますが、太宰府の楼門の瓦などは無意識に自然とお目にとまります。また、お屋敷のごく近くには観音寺というお寺がありましたので、その観音寺の鐘の音をお聞きになってお作りになられた歌です。

 都府楼の建物の瓦を、わずかに眺めるだけ

 観音寺の鐘を、ただ聞くだけ

 このように観世音寺は平安の頃から観音寺とも呼ばれていた様子がわかります。大変に古いお寺なのですが、何度か火災に遭っており創建当時の建造物ではありません。また、このお寺の梵鐘は国宝となっておりますが、九州国立博物館の方に預けられているのか今現在はここにはないようです。この梵鐘と兄弟の鐘が妙心寺の鐘ということでこの辺りの情報も心躍るものです。

 

 また、弘法大師が二年の入唐を終えて博多にご帰国の折、しばらく滞在なさっていたのもこの観世音寺です。現在は臨済宗の寺院ではありますが、日本で初めての加持を弘法大師がこのお寺でなさっていたのかも知れません。ともあれ、中大兄皇子や大海人皇子が感じ、弘法大師が感じ、菅原道真公が感じたこの観世音寺の空気をぜひ体感してみてください。お帰りの際にはぜひ太宰府天満宮にもご参拝いただき、参道に並ぶ数々の名店にてお買い物をお楽しみください。もちろん、梅園菓子処で太宰府名物うその餅をご購入いただけましたらこれにすぎる喜びはありません。

 

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今朝方、少し境内の紅葉の具合を覗いてみた時の一葉

 

とある名もなき菓子によろつよなる名がつきたる話

カテゴリ: 菓子のことのは 作成日:2020年11月13日(金)

 梅園菓子処の商品のひとつによろつよという菓子があります。弊社のスタッフでも「よろつよ」と発音していますが、正しくは「よろづよ」と発音します。もちろん、「よろつよ」と発音しても通じますのでご安心ください。さて、本日はこの菓子によろつよなる菓銘がつきたる話をご紹介いたします。

 

 名もなきころ

 このよろつよは、宝満山を薄くカットしたものを特殊乾燥させて製造していることから、宝満山御干菓子(ほうまんざんおひがし)と呼ばれていました。スタッフがそう呼ぶものですからお客様もそのように呼んでくださいます。すると、少々困ったことが発生します。

 

 名前が似ているので、一般的な干菓子と区別がつきにくいのです。間違う余地があるなら間違うというマーフィーの法則にならって、一般的な干菓子と宝満山干菓子の間違いも発生していました。これをこのまま放っておくことはできません。では、菓銘をつけようとなるのですが、この菓銘というのが難しい。結果、緊急かつ大変重要とまではいえない課題として時間だけが流れていったのです。

 

 お茶席での会話

 もうひとつの困ったこととしては、茶会の薄茶席などでお使いいただく際に発生します。この宝満山御干菓子を薄茶の前にお出しして、その後で亭主と正客がやりとりを交わします。やりとりの中で正客が亭主に菓銘を質問する場合があります。「大変おいしいお菓子でございますが、お菓子の名前は?」と正客が尋ねた時、亭主が「梅園の宝満山御干菓子でございます」と返すわけですが、これだと冗長ですし少々堅いですね。薄茶席ですからもう少しやんわりとしたイメージが好ましいと感じる方もいらっしゃったであろうと思います。

 

 菓銘決定

 ある年、表千家同門会様の全国大会が太宰府天満宮で開催されました。全国から多くの先生方やお弟子さん方が太宰府天満宮にお運びになり、にぎにぎしくいくつものお茶席が立ったわけですが、その中の一席でお出しする干菓子を弊社がお出しする機会がありました。では…ということで、弊社の先代があれこれと試行錯誤を重ねて作り上げたのが、令和の翠という菓子でした。ただ、これだけでは少し色味が物足りないので、これに宝満山御干菓子を三角にカットして添えてはどうかという話になったのです。

 

 しかし、前述の通り、薄茶席の菓銘としては少々冗長。といって、宝満山(ほうまんざん)という名前の菓子はすでに存在します。さあ、困ったどうしようと頭を抱えることになりました。そんな折、先代と天満宮の方々が集まって会議をしていた時、前宮司西高辻信良様が「よろつよというのはどうだろうか」とご提案くださったのです。

 

 折しも太宰府は令和改元で大変盛り上がっており、『万葉集』巻五「梅花歌三十二首并ならびに序」が全国的に大きな脚光を浴びていました。その三十二首のうちの一首に次の歌があります。

 

 万代に年は来経とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし

 よろづよに としはきふとも うめのはな たゆることなく さきわたるべし

 筑前介佐氏子首

 

 この一首の冒頭のよろつよにから頂戴した言葉が菓銘となったのです。まさに万葉の香り漂う雅な名前を頂戴したわけですが、これ以降、この宝満山御干菓子をよろつよと呼ぶようになりました。お蔭様をもちまして、お稽古はもちろん、大小のお茶席でよくお使いいただいています。

 

 また、お茶席だけでなくご家庭でお茶請けのお菓子として召し上がってくださっている方も多いと聞いています。いつも定期的にご購入いただくお客様は、「父が好きなので定期的に買って冷凍庫で保存して食べています」と教えてくださいました。創業以来の菓子と比べるとまだ新しい菓子ではありますが、こうしてファンが増えて下さることはとてもありがたいことだと思っています。

 

 もともとは縦箱に10枚、あるいは20枚で販売していましたが、日本橋三越本店に催事出店した際、さるお茶の先生から「平箱が見栄えが良いので平箱が欲しい」というご提案を受けまして、新しく平箱10枚入もラインナップに加わりました。こちらも確かにちょっとした贈り物にも最適な大きさかと思います。もちろん、お稽古などでお使いの方はコンパクトな縦箱をお買い求めくださいます。内容に差はありませんので、用途に応じてお買い求めください。

 

 以上、とある名もなき菓子によろつよなる名がつきたる話でした。

 

 

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 よろつよは宝満山を特殊な製法で乾燥させたもので万葉集の一首より菓銘を頂戴しています

 

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こちらは平箱10枚入で1,430円(税込)となります

 

ho hi usu 10

こちらは縦箱10枚入りで1,430円(税込)となります

 

 太宰府天満宮参道本店、弊社ECサイトでもお買い求めいただけます。

 梅園菓子処ECサイト よろつよ購入ページはこちら

 

 

労働集約型企業のサバイバル戦略

カテゴリ: 仕事まわりのこと 作成日:2020年11月12日(木)

 和菓子の製造販売業は大きく2つに大別されるかと思います。製造を機械化した企業と製造を職人が行っている企業の2タイプです。江戸期に創業されたような歴史ある会社であってもすでに機械化が完了したところがあるでしょうし、創業間もない新しい企業であっても職人さんが手作りで作っているところもあるでしょう。

 

 製造を機械化した企業は戦後の高度経済成長期に投資をしてビジネスをスケールしてきた会社が多いかと思います。逆に、その時に機械化していなければ手作りで製造することに付加価値をつけて製造販売をしている企業が多いのではないかと思います。どちらにもメリットとデメリットがあり特色があるので、それが菓子の個性として表れてくるのだろうと思います。

 

 弊社の場合には、後者の機械化をしないという方針を創業者が選択していますので、後者の機械化しない製造販売業ということになります。全国各地に弊社と同じような選択をなさった企業様もきっとたくさんいらっしゃるだろうと思います。そして、おそらく同じ経営課題として感じていらっしゃるのが、毎年の人件費の上昇が製造原価や販管費に大きな影響を与え、利益率が下がっていくことではないかと思います。

 

 弊社の場合もこれと同じ経営上の課題を抱えています。商品を作れば売れていった時代ならばあまり深く戦略や戦術について考えずとも利益は残っていったのかも知れませんが、現在はそうはいきません。人、能力、資本など限りあるリソースをどこに配分して利益を出すかを真剣に考えなければならない時代です。そのためにはインプットも大事ですから日々勉強をしなければなりません。また、労働集約型ビジネスの場合、熟練スタッフの高齢化、少子高齢化の中で新しい人材をどう確保するかも喫緊の課題として積み残されています。

 

 そして、これについては完璧な正解がないというのが厄介なことです。各企業によって、取り巻かれている環境が異なるので、A社で正解だったことがB社で正解であるとは限りません。そこで仮説を立て、いろいろと手数を増やしてそのフィードバックを得るというサイクルを回していくわけです。PDCAを回すというアクションは巷間良く知られることですが、NLPにはこれ以外にもTOTEモデルやSCOREモデルというメソッドがあります。どんな企業や組織にも完璧に通用するテッパンの正解がない以上、これらの様々な手法を使って仮説を検証していき、うまく行く方法を探り当てるしか手がありません。

 

 弊社の場合、社外に知能集約型の戦略チームを作り、これらの最適解をどうやって最短で得るかをテストしています。そこで得られたノウハウや課題解決のヒントを、将来的には同じ課題をお持ちの労働集約型の企業様とシェアする仕組みを考えています。アフターコロナにおいても、共にサバイバルを果たした上で、ともに成長と発展を遂げていきたいと思っています。

 

本当に思っていることを本気で伝える

カテゴリ: 仕事まわりのこと 作成日:2020年11月10日(火)

 その昔、神田昌典さんのダイレクトレスポンスマーケティング関連の本を何冊も読みふけったことがありました。当時としては、このダイレクトレスポンスという手法がとても珍しく、国内でも翻訳本などがほとんどない時代、神田さんはおもにアメリカで出版されたダイレクトレスポンス関連の本を読み、そのテクニックを日本人の会社経営者に対して提案するビジネスを手掛けていたわけです。いくつも興味深いエピソードがありますが、私がいまでも覚えているのは『21日間顧客感動プログラム』というものでした。

 

 今でこそ、その手の方法論はたくさんありますが、当時ではまだまだ珍しい時代です。詳細は省きますが、21日間にわたってお客様と接点を維持しながら関係を深めていこうというものでした。なるほどと思うと同時に、翻ってみると弊社の社長が無意識に行っていることでもあるなと感じています。

 

 弊社の社長はとにかく筆まめです。本人は「筆まめではない」と否定しますが、客観的に見ると筆まめです。車に乗っていても電車に乗っていてもハガキに何か書き入れています。自然にやっている行為ですが、この自然の発露が大事なのだろうと思います。

 

 これは意図、あるいはマインドセットと呼んでもいいかも知れませんが、何かに取り組む時の心の状態が大変に重要な作用を及ぼしているのではないかと思うわけです。マインドマッピングがまだ日本ではやり始めの頃にこのセミナーを受講したことがありましたが、そこで感じたことは、中心のイメージを描く一番最初のステップの心の状態が一番重要なのではないかということでした。

 

 何かを始める時に、どのような意図があってその何かを始めるのか。ここに嘘はつけないわけです。おそらく弊社の社長は、「一言ハガキを送るとお客様が喜んでくださるだろう」と思っているのです。その最初の意図がその後の行動やその行動が及ぼす影響にも効いてくるのかも知れません。

 

 うそ偽りなく「おいしいお菓子をまた持って参りますよ」という一文が読んでくださる方の心を打っているのではないかなと、傍から見ていてそう感じる時があります。単に「おいしいお菓子をまた持って参りますよ」という一文を書くことは誰でもできるのですが、本当にそう思っていないとその文章から想いは伝わらないのだろうと思うのです。

 

 私はNLP(神経言語プログラム)を学び続けてきましたが、尊敬するトレーナーから言われたことが「本当に思っていることを本気で伝えましょう」ということでした。表面的な言葉は上滑りして相手の心には届きませんよと言われました。そう考えると、短い一文であっても本当に思っていることを本気で書くという行為がとても大事なことなんだろうなと思います。

 

 そして、この大事なポイントは意外にも隠されていることが多いものです。一番大事な要諦は敢えて教えられないこともあるのです。形だけで終わるのか、魂が入るのか、紙一重だったりするものなのでしょう。

 

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